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先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2003 Oct 17
斎藤かぐみ
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労働ってことをやや改まって
とりあえずの此処にて

 景気というのがはかばかしくなくて、先進国のあちこちで、中間層がいわゆる勝ち組と負け組に分解しかけているように思える。新しく成り上がった者も含めた富裕層が相対的にさほどの「痛み」を負わず、細りゆく中間層と貧困層がパイの奪い合いに追い込まれる構図、というのは持たざる者のひがみではなく直観だろう(と書いているうちに、ある日本のチェーン店で、正社員が自分たちのストレスを派遣社員に暴力的にぶつけたという事件のニュースが飛び込んできた)。

 この構図をさらに煽り立てるかのごとく、思うように働けない人を社会が助けるべきだという見方に代わって、しっかり働かないのは社会への甘えだという見方が抬頭してきている。それについて先日『ル・モンド』に特集があって、「にせ失業者」「にせ病人」といった用語法がちょっとずいぶんというスタンスで紹介されていた。

 同じ特集に、パリ大の社会史学者のとても興味深いインタビューが載っていた。いわく、「良い貧乏人と悪い貧乏人」という見方は16世紀以降のもの。中世には、貧民はキリストの媒介者として大事にされていた。商品経済と資本主義の登場がそれを変えた。ルイ14世の時代になると、生産活動に加わる能力のない人々は施療院に放り込まれていく。第二次世界大戦後の高度成長で、貧困はいったん消滅したかに見えたが、石油ショック後に復活する。労働を称揚し、貧困層を社会の危険要因とみるのは、キリスト教や社会主義でも変わらない。甘えという見方は、仕事のほかに誇れるものを持たない彼らの現実に相反するものだ。

 おおよそこんな感じのことを語ったアンドレ・ゲラン教授は、フランスの政治的現状に引き比べたインタビュアーの突っ込みに答えて、「トップレベルの国家的見解とごく単純な反動が一致する可能性を否定すべきではない」と、ものすごいゲキレツなことをさらりと述べている。が、いわゆる論壇人ではないようで、ウェブで調べても主に書評しか出てこない。それらを見るかぎり、農業分野の信用制度の研究に発して、社会から排除された貧民や病者、彼らに向けられた眼差しや政策、市場経済に対置される社会的経済といったすぐれて現代的なテーマについて、歴史の軸に沿って丁寧に研究してきた学者といった印象だ。

 こういう学者ってなかなか貴重だ。専門のことを専門家に向けた論文に書くだけでなく、一般人の関心にもつながるようにアウトプットしてくれる人はそうたくさんはいない。私がある大学で非常勤助手として関わっている科学技術社会論の分野でも、科学者コミュニティの自己完結性といった言い方がされる。それは何もハードサイエンスだけのことに限らない。そもそも会社員だった自分が国際時事紙の日本語版なんてことを志した動機のひとつも、かつての大学の講義と目先のニュースとの距離感をもてあましたことだった。

 今の世界、どっかおかしい、このままじゃまずいという感覚は、多くの人に共有されていると思う。でもそれが、つきつめていけば身近な体験を超えて社会の仕組み、横文字でいえばシステムそのものとつながっているということは、つどつどの括りからは(どっかに作為があるんじゃないかと思えるほど)見えにくい。たとえば正社員と派遣社員の対立という構図でいいのかどうか。事件を起こした正社員のストレスが向けられるべき先は、もっとずっと向こうにある。

End


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