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先見日記

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2004 Feb 20
斎藤かぐみ
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鬼門をくぐると未来が見える?
仕事部屋にて

 2月は鬼門だ。別にいやな思い出とか、風水がどうこうってわけじゃなく、ただ単に日数が少ないから。月単位の仕事をやってる人はみんなそうだろうと思うが、2日3日の違いがけっこう大きかったりする。

 というわけで、なんだかはまっている。タイトな編集スケジュールは自分の立場的に逃れられないが、ひたすら意欲的なスタッフもそれぞれ好きこのんではまっている。俗に仕事の動機として、金銭・名誉・権力と言われるが、『ル・モンド・ディプロマティーク』は若干の名誉ぐらいにしかならないのに、本業フル勤務の週末スタッフはじめ、まあ酔狂と言うほかない。

 今はむかし、数も乏しく、むしろ変に気後れを感じてしまった過去のボランティア体験からして、そういうのはずっと別世界のことだと思っていた。ところが会社員をやめて、商売にならないことを仕事にしているメディア関係者、いろんな分野のNGOの人とかと知り合うようになってみると、市場の指し示す対価を受け取ることのない労働のいちばんの動機が、なんとなく名誉とか権力に至らない「意味」みたいなものにあるらしきことが見えてきた。

 なんて、ごたいそうな言い方だけど、人間レベルの目に見えるような社会性とでも言えばいいのかな。もうかる仕事って、たとえば弁護士なら民事より渉外とか、人間性を捨象した世界のことという気がするし、大きな組織の仕事ならどうしても歯車という形容そのままに、自分の位置がそこだけで測られるような感覚になりがちだ。そういうのに対し、もいちど人間として自分の居場所を定め直したい、みたいな。

 つらつら考えてみるに、広い意味での生産・流通活動として、金にならんことに嬉々として時間を費やす人々は、究極のところは自分のためにやっていることを否めないと思う。自分をゼロにして世のため人のため、なんて聖人君子にそうごまんといられたら、世の中かえって気味が悪いし。

 だから、なにかしら世のため人のためになりげなアクティビティをうんぬんする際に、動機はおそらく本質的なことではない。大事なのは、純然たる市場ベースに乗らない、つまり「商品」にならないモノや知識、表現や行為が、どれぐらい豊かに生産・流通の場に現れていくかというアウトプットのはずだから。

 そう、ここまでは断言できる。問題はその先だ。こうした非商品的な「経済」に関わる労働は、あくまで一般経済を基準としたうえで、その辺縁のところで自己収奪的なものとして、さもなければ別のところで余剰によって、ゲリラ的に営まれるほかないんだろうか。前者なら例えば安月給をよしとするNGO専任スタッフ、後者ならオフのボランティア活動、あるいは寄付や黒字事業の資金転用といったことを思い浮かべている。

 それらのアウトプットが相互に競合するというのは本来的に豊かなことだと思う。しかし一般経済との関係をどう切ったり結んだりしていくべきなのか、ここは大きな考えどころだ。すぐには見つかりそうもないその答え、つきつめれば「これまでの世界のシステム」と「これからの世界のシステム」をめぐる抗争に連なっている気がしなくもない。

End


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