サッカーの野戦病院
自宅にて
W杯のサッカーを見ていて、サッカーというのは戦争なんだなと、つくづく思う。もちろんスポーツだから武器はなく、ルールはちゃんとあるけど、まずは勝敗が優先する。参加することに意義があるなんて、悠長なことはいってられない。そこが野球とは違う。
サッカーでは選手が怪我をして、治療をしている間にもゲームはどんどん進む。足を痛めた選手が転倒して、顔をしかめて、救護班が手当てをしている間にも、その選手を置いたまま競技はどんどん展開している。あれがどうにも野戦病院の雰囲気なのだ。戦場でも兵士が怪我をしたからといって、銃撃戦は止らない。
でもいちおうスポーツだから、審判がこれはあまりにもオオゴトだと認めた場合は中断するが、少々のことでは止らず、とにかく勝ちを目ざして「戦場」の選手たちはボールを奪い合う。そこが野球とは違う。野球でもそういう場面はあるが、その場合必ずゲームは中断されて、選手の手当てを優先し、無理とわかると新しい選手の交替を待ってからゲーム再開となる。
やはり野球はアメリカという新大陸を開拓した人々が、民主主義という理念のもとに組立てたスポーツだということを、つくづく感じる。やり方がつつましいというか、制度が人工的なのだ。攻めと守りの場面を平等に交替し、攻撃のときには一人一票みたいな感じで、順番に打席が与えられる。ある意味、高度社会での落着いたスポーツである。
一方のサッカーはもっと歴史の古い原始的なスポーツで、ヨーロッパ大陸を覇権争いの民族戦争が、右に左に揺れ動いたあの流れがいつの間にかスポーツとなったのだろう。だから島国日本の感性にはなかなかうまくそぐわない。一方の野球は、広いとはいえ同じ島国アメリカで発明されたスポーツだから、感性としては日本にうまくフィットするのだと思う。

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