ファンタ休止
浅草にて
東京国際ファンタスティック映画祭が、21年の長い伝統にいったん終止符を打った。この4年間、チーフプロデューサーを務めていた僕としては、責任を果たせなかったことを恥じている。
資金不足である。毎年の赤字が解消出来なかった。しかし、それでも今まで続いてきたのだから言い訳にはならない。力不足で本当に申し訳がない。
ある種、サブカルがサブカルのままでいられなくなった証左でもある。東京ファンタの大きな柱であるアニメ、ホラーそれぞれは、いまや日本映画のキラーコンテンツになっているのだ。にもかかわらず、ファンタ本体には資金が集まらないままだった。
そしてついに、本体は一時休止に追い込まれた。過激な部分を過激なまま紹介する場所が失われ、アニメやホラーはメジャー感覚を拡大して世に広まり続けている。皮肉な話だ。
今後、二つのジャンルは他の映画祭の柱となっていくだろう。だが、もともとあったブラックユーモアや激しい制作への衝動は消えていくと思われる。サブカルの終焉である。高度資本主義社会の勝利である。原初のパワーを称賛する場がないのだから、洗練だけが残る。洗練はわかりやすい。商売になる。
とかなんとか愚痴を言っていても始まらない。原初のパワーの手触りが忘れられないうちに、どういう形だろうがそれを披瀝する空間と時間を作りたいのである。芯が抜けて外側だけが肥大するというのはクリエイティブ的によろしくない。やがてジャンルそのものが枯渇してしまうからである。
ファンタ復活。願うのはそればかりだ。かつての姿でなくてもかまわない。ユニークな映画祭として名をはせたファンタが、オルタナティブな映画を発表する場が、どうしても欲しい。
資金が少なくても出来る映画祭の形を、今は執拗に考えている。コンテンツの豊富さでは類を見なかった東京ファンタを、第二期に移行させる手段。ネット上に忽然と現れるという形式をひとまず探っているのだが、まあ長い目で見守っていてください。この借りは必ず返す。

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