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先見日記

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2006 Jul 18
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ドレフュスの尊厳
自宅にて

 中東の情勢がいちだんと危機的になってきたときに、ジダンの頭突きの話をつづけるのもなんだが、ちょっとだけつけ足しておきたい。
 12日の彼自身の説明によると、マテラッツィの挑発は下劣な罵言でよく使われるような「ママンと姉」を侮辱したものらしいから、おいおい、子どもじゃないのに勘弁してよと言いたくなる。フランス人の過半数が彼の行為を「理解」し、多くが「許す」と世論調査で答え、「ああ、デュラスが生きていたらすばらしい文章を書いたのに。崇高、必然的に崇高……」などとコメントした文化人までいて、うんざりした(先週引用したムヌーシュキンとちがって、おそらくサッカーが好きではないのだろう)。試合中は喧嘩しないという基本ルールをプロが犯したら、アマチュアに与える悪影響ははかりしれない。それに、母親や姉妹を侮辱されて逆上する地中海沿岸域文化圏のメンタリティは、もういい加減捨ててほしい。女性は、男が暴力で「守る」神聖化された従属物ではないんだよ。そんな個人的な面目のほうが、チームみんなでたどりついた決勝戦より大事だったなんて。真の強さとは、足を踏まれても尊厳を失わない強靱な心をもつことじゃないだろうか。そして、レイシズムやホモセクシュアル差別、女性蔑視の罵言をサッカーから放逐する運動を起こせばいい。
 ジダンは、口が達者でユーモアに富むというフランスらしさをもたない悲劇の英雄だったが、この国にはドラマを茶化すリラックスした人たちもいる。決勝戦の翌日、がっかりした3人の若者がセラピーのつもりで「頭突き」という歌をつくったら、途端に大レコード会社も飛びつくヒット曲となった。今夏は、この「ジダンはぶったよ」という曲で、フランスじゅうが踊りまくるのだそうだ(http://www.laplagerecords.com/)。

 さて、今年の7月13日は、ドレフュス大尉の名誉回復100周年にあたり、パリの士官学校で記念式典が行われた。ドレフュス事件は日本の歴史の教科書にも出てくるからご存知だろう。1894年、アルザス地方出身のユダヤ系士官ドレフュスはスパイ容疑をでっちあげられて有罪となり、罷免・流刑処分を受けた。無罪が認められて軍に復帰する1906年まで、フランスは彼の無罪を主張するドレフュス派と、有罪を信じる反ドレフュス派のまっぷたつに分かれ、激しい論争と対立がつづいた。新聞の第一面に載った「私は糾弾する」というエミール・ゾラの記事は有名だが、ラザール、ジョレス、ペギー、プルーストなど、当時の作家や知識人は活発にドレフュスを支援し、知識人が政治的態度を表明するこの国の伝統が確立した事件ともいえる。

 反ドレフュス派には軍隊の名誉を守ろうとする王党派やカトリック教徒が多く、背景にはプロシア戦争敗北後の国粋主義と反ユダヤ主義の高まりがあった。共和国はこの事件で、無罪の人を犯人に仕立てた軍の不正な裁判の後に、無法地帯である植民地のディアーブル島(ギアナ)でドレフュスに非人間的な拘留を課すという、反民主的な性格をあらわにした。でもその一方で、ドレフュス派市民の調査と支援が実を結び、一部の新聞が真に権力への対抗勢力となった点で、人権と民主主義が最終的には保障された興味深い史実である。ドレフュス事件の暗い要素、反ユダヤ主義と国家による不正と人権蹂躙は、その後第二次大戦でヴィシー政権に引き継がれたが、人権思想はレジスタンスやその後の人権擁護運動(たとえば現在のサン・パピエの子どもたちを擁護する運動)に生き続けている。
 100周年に際して、パリのユダヤ美術・歴史博物館で6月14日から展覧会『ドレフュス、正義のための闘い』が催されているほか、やり直し裁判が行われたレンヌ市のブルターニュ博物館やオーリアック市(写真展)をはじめ、各地で展覧会やシンポジウム、記念行事が行われている。

 シラク大統領が13日の記念式典で、「不正、不寛容、憎悪に対する闘いは、最終的に勝利したと安心することができない」と言ったように、レイシズムをはじめさまざまな差別は今日も根強く残っている。現に、1985年に当時のラング文化大臣が発注したドレフュスの彫刻は、士官学校の中庭に設置されるはずだったが、防衛省の反対によって市内の小さなスクエアに追いやられた。軍隊とは、面目にこだわり非を認めたがらない組織なのだ。最近出版されたドレフュスの伝記作家によると、有能な士官ドレフュスが軍首脳部から放逐されたのは、彼がユダヤ系だったからだけでなく、モダンで知的な軍人だったという面も大きいという。厳格な性格だけれど家庭で子どもへの体罰を禁じていたドレフュスは、共和国の法を信じて長い流刑のあいだ無罪を主張しつづけた。ドレフュス事件は今日なお、人間の尊厳について多くのことを考えさせてくれる。

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