サン・マルタン運河憲章
パリにて
去年のクリスマス前からサン・マルタン運河脇にテントをたて、ホームレスの人々と共に野宿を始めたNPO「ドンキホーテの子どもたち(Les Enfants de Don Quichotte)」の威力はめざましかった。大勢の市民が実際に夜を過ごしたり、励ましに来たり、差し入れを持ってきたり……そして、ホームレスの人々を受け入れる宿泊施設を年間を通して毎日24時間あける(現在の緊急施設は冬季、夜間のみ)という条項から始まり、ホームレスに限らず、住宅難に苦しむすべての市民がゆくゆくはまともな住まいを持てるように、社会住宅(低家賃住宅)を建設し、医療や教育と同様に、国や自治体が住居権を保障すると宣言した「サン・マルタン運河憲章」に続々と署名が集まったのだ。
(http://www.lesenfantsdedonquichotte.com/v2/edito.php)
この憲章には市民はもちろんのこと、以前からホームレスや住宅難の人々の救済に尽力してきたエマユス(Emmau¨s)、ATD Quart Monde、DALなどのNPO、緑の党の書記長、ドラノエ・パリ市長、UDF(中道)のバイルー党首、オランド社会党書記長など、極左から与党議員にいたる幅広い支持を得たためか、大晦日の演説でシラク大統領は、住まいを持つ権利を実現させるための改革を進めるようにと、政府に要請した。
政府の「社会的団結」(社会福祉を扱う官庁)担当大臣補佐は最初、「ドンキホーテの子どもたち」の行動を「寛容に見えるが幻想にすぎない」と評してとりあわなかったが、市民やメディアへの反響が大きかったせいか、クリスマス後に彼らとの会見を受け入れた。今年に入ると政府は、ホームレスや住宅難の人々のために大規模な措置をとると約束し、ボルロー「雇用・社会的団結・住居」省大臣はいくつかのNPOの代表たちと長時間討議して、1月8日に新措置を発表した。
今年中に27100戸の長期的な住まい(低家賃住宅へのホームレスの入居優先、長期宿泊施設の提供など)を確保し、社会復帰の困難な者には適切なフォローを提供するというもの。政府はまた、国や自治体に各自が住居権を要求できるシステム(「対抗的」住居権)を2月中に法制化するとも約束している。
国立統計経済研究所の2001年の調査・推算によると、フランス全国のホームレスの数は約86500人。彼らを援助するNPOは、約10万という数字をあげている。1954年以来住宅難を訴え、NPOエマユスの創設者でもあるピエール神父の財団がまとめた報告書では、宿泊施設や掘っ立て小屋、モービルホームに住む人や、トイレやシャワーなどの設備が整わない劣悪な住居に住む人も加えると、住宅難の人々は320万人を超えると推算している。また、若者の住宅難が近年いちだんとひどくなったことや、社会住宅建設にあてた国の予算の割合が2000〜01年を除くと30年来減り続け、住居手当を受けられる人も減った点を指摘している。
(http://www.fondation-abbe-pierre.fr/rml.html)
つまり、左翼政権も住居政策を怠ったが、02年以来の現保守政権は、シラク大統領の95年の選挙公約にもかかわらず、住宅難に対してまともな措置をとってこなかったのだ。したがって、4月の大統領選を前にした任期の最後になって突然、再び約束を掲げるシラク大統領や政府に対して、この問題についてずっと闘ってきたNPOや当のホームレスたちは懐疑的だ。路上で長年過ごす人々の中には、アルコール中毒や精神障害を抱えて社会復帰が難しい人もいるし、住居数、とりわけ低家賃の住居が不足している状況が改善されるには、長い時間がかかるだろう。
それでも、この機会に「住居権」が法律で保障されれば、社会的な大きな前進である。「ドンキホーテの子どもたち」が行動を起こしてから3週間足らずでその実現への道が開かれた背景には、政治的な思惑があるのだろうが、住宅難対策が本格的に促進されることを期待したい。
ちなみに、サン・マルタン運河といえば、古いフランス映画『北ホテル』の舞台として有名だ(映画自体はスタジオ撮影だったが)。運河沿いの地区の新開発によって北ホテルは取り壊され、かつての庶民街に今では高い家賃のマンションが建ち並ぶようになった。それでも、近くのカフェはホームレスや支援者に無料で飲み物と暖、トイレを提供して彼らのアピールを支持し、近所の住民たちからも暖かい支援があった。サン・パピエの子どもたちを支援する「国境なき教育網(RESF)」もそうだが、弱者に対する市井の人たちの同情と連帯を大きなネットワークに盛り上げ、政治を動かす市民運動が出てきはじめているのを見ると、未来への希望がわいてくる。
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