写真の賞味期限
鎌倉にて
コンデジ(コンパクトデジカメ)を新調したので、ぶらぶらパチパチぶらぶらパチパチと写真を撮っております。楽しい。
自分の撮る写真は「ここで立ち止まって撮ってると怪しいなあ」と思われそうなところが多いので、10年くらい前は躊躇があったんだけど、年をとるに連れて平気で撮れるようになってきた。鈍感の力は年とともに増してきています。これはいいもんだ。
ところで、この僕が今撮っている写真たちというのは、いつまで、そして誰によって見られるものなのだろうかと、ふと気になった。デジカメになってフィルム代を気にせず無闇に枚数を撮ってしまうこの写真どもは、いつまで保存される対象なんだろうか? と。
僕はいま40代だけれど、祖父母の写真というのは、そんなにたくさん残っていない。父は長男ではないという理由もあるかもしれないけれど、ぱっと思いつくのは、2〜3枚。それも礼服を着て、写真館で撮ったものであります。
今20代の子たちは、当然のことながらおじーさんおばーさんの写真はゴロゴロありますよね。日常のスナップみたいなものも持っていることでしょう。もしかすると曾祖父母の写真も持っているかもしれないですね。どうなんでしょう?
で、さらに20〜30年経ると、その写真たちをまるごと受け継いだ子供が大人になったりしてね。つまり3世代4世代前の写真の詰まった箱やアルバムを持っているという暮らし。そしてさらにまた年月が過ぎていくと……。
写真を捨てることってあるんだろうか? 別れた恋人の写真以外を捨てたことってありますかね? 家族の写真は捨てないな、僕は。
捨てないとすると、写真は溜まるばかりですよね。
すごい。
てことはアレですか、この僕の、浴衣をはだけて赤ら顔で鼻から割り箸をぶらさげているこの写真、これも残るわけですか? 遠い未来の子孫が見るわけで?
えらいことになったな、これは。自分の先祖10世代くらいの写真を今もっている、という状態を想像してみたりして。
すごいね、これは。
うかうかしてられませんな、というか、逆にもっとうかうかしていきたくなりました。
そう考えると、僕らはものすごい過渡期を生きているような気がしてきましたよ。
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