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先見日記

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2007 Oct 26
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図書館を開放する
自宅にて

 引き続き、本や図書館について少し考えています。前回の日記では、学生が本を探せなくなったという問題について、ウェブ的な情報のつながりをたどっていくチカラが弱まっているかもしれない、と考えたわけですが、そう単純なことでもないなと思い直しています。そうした状況をつくり出している背景には、図書館というフィジカルな場所での情報のレイアウトがそうさせている、ということもあるでしょう。

 ご承知のように、「0.総記」から始まって「9.文学」までの10のカテゴリーからなる図書分類法で本がレイアウトされています。膨大な本や資料を整理し、その中から必要なものを探しやすく、見つけやすくする手がかりとして、長い歳月の中で定着してきた方法ではあるかもしれませんが、一方でどうしてもこの分け方に収まりきれない本も増えてきているように思います。人の興味関心が多様化したりして、今までの分類が時代とそぐわなくなっているのではないか。そもそも、膨大な資料を分ける方法は1つではないはず。

 もちろん、これまで培われた情報の整理や分類という文化を全否定するつもりはありませんが、もうちょっと融通のきくやり方があった方がいいように思います。「分ける」やり方が多様にあるということを、もっとオープンにしてしまう、なんてことがあっても面白いんじゃないでしょうか。たとえば、ウェブで使われている「タグ」を使った分類や検索というのは、図書館に逆導入できないでしょうか。つまり、利用者側が蔵書にどんどんタグをつけて、自分なりのコンテクスト(文脈)を図書館のサイトに公開し共有していくわけです。

 図書館の司書や、学校の先生が積極的にそうしたコレクションを公開しながら、テーマや関心事に応じて本という情報のつながりが多様にデザインできるんだということを学生に示していく。実際に、書棚も本屋の「フェア」みたいに、分類法によるのではないレイアウトをしてみます。それに促されるかたちで、今まで本を探せなかった学生も、次第に自分なりのコンテクストを編んでいくようになったりする……というのは楽観的な見方でしょうか。

 最近の図書館の本はコンピュータで管理されていますから、極端なことを言えば必ずしも整然と棚に並べておかなくてもいいわけです。棚の一部だけでも、利用者側にコンテクストを変える開放性を持った場所にしていくというのは、僕は魅力的なアイデアだと思うのですが、情報を「囲い込む」聖域を侵されると感じる伝統的な図書館関係者から見れば、甚だ邪道なやり方と映ることでしょう。しかしながら、検索エンジンという強力な道具に対抗するためには、それくらいの大胆なことをしない限り、図書館というフィジカルな情報空間の縮小も免れられないのではないでしょうか。

End

















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各日記の内容については必ずしもNTTデータの見解を表明しているわけではありません。