昭和を、もう一度だけ
ソファの上にて
16世紀初頭の西ヨーロッパは、神聖ローマ帝国皇帝カール5世やフランス国王フランソワ1世の二人を軸にやたらと賑やかだったらしい。もう騎士だのスイス傭兵だのの時代は終わりかけていて、火縄銃兵と槍兵からなる新式の部隊編成が効果を上げていたが、二人の君主は一騎打ちで勝負を決したがるような騎士道精神の持ち主だった。
そんな二人の国の北にはイギリス国王ヘンリー8世がいて、離婚するくらいのことでは必要がないのに何故か殊更にメディチ家出身の教皇クレメンス7世の手を煩わせようとし、東からはオットマン帝国のスレイマン大帝が伸びきった兵站線の先をウィーン郊外にくっつけていた。
南には大物揃いの君主たちと比べてちょっと見劣りするが、海賊バルバロッサ(赤髭)だの傭兵海将ジェノアのアンドレア・ドリアだのがいて、十分歴史小説の主人公ばりの活躍をしていた。
しかし、やっぱり面白いのは、1527年から29年までの戦争を終わらせた「貴婦人たちの平和」。
これはかつてサヴォイ家の嫁だったネーデルランド摂政マーガレット(カール5世の伯母)とこれまたサヴォイ家の娘だったフランス王母ルイーズの二人の全く個人的な折衝の成果で、このとき、カール5世の姉エレアノールがフランシス1世の後妻王妃となり……多分彼女たちの視点からすると、当時のフランスとドイツの争いというのは、親戚の男たちの喧嘩に過ぎなかったのではないか。
と、とりあえず日記をここまで書いたが、じつは、今日は、赤瀬川原平著『昭和の玉手箱』(東京書籍)について書くつもりだったのです。ところが、さあ書こうと思って、ふとサイトの「日記を読む」をクリックしてみたら! こともあろうに、お隣のアカセガワさんがすでに書いておられるではないか。赤瀬川原平氏とお隣のアカセガワさんは、カール5世とイスパニア王兼アラゴン王カルロス1世と同じ位の近親者なので、僕がとやかく文句を言う筋合いではないが、そりゃないよね。と恨めしく思いつつ、断念したのだった。
しかし、やっぱり、ひとつだけ引用しておきますね。
……人間は空気がないと窒息してしまうが、便所がないと、爆発する……僕が最初に爆発したのは小学校のときだった……授業終了のベルを待つうち、ついにこらえ切れなくなって爆発し、溶岩が流れ出た。いやじっさいにそれは溶岩みたいで、もし活火山に意識というものがあったら、こんな気持ちかと思いながら、溶岩はパンツからズボンを浸食していき、床の上まで露出した……
悲しくも可笑しい昭和の記憶です。それにしても名文ですねえ。

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