別府を歩いた
自宅にて
日、月、火と別府だった。温泉の別府である。久し振りに路上観察の仕事だ。仕事とはいえ温泉地だから、湯にもつかる。砂湯にもつかった。あれはつかるというのか、何というのか。下着なしの浴衣1枚になり、砂に寝転がると、おばさんが上から砂をかけてくれる。暖かい。温泉で温めた砂だ。けっこう体に重い。それだけでマッサージ効果がある感じ。
行き帰りの飛行機は、目まい後はじめてなので大丈夫かな、と思ったが、大丈夫だった。目まいという症状は、何がどうなのか、本当にわからない。
ケーブルカーで昇る山の上のラクテンチという遊園地があり、子供のころから知ってはいるが、行ったことはなかった。ぼくは小、中学校が大分なのだ。幼稚園も大分だ。そのラクテンチの、たぶんうらぶれているだろう様子を、見に行った。路上のメンバーはうらぶれたものが好きなのだ。好きといっても、抱きしめたいというのではなく、遠くから棒で触ってみたいというあの感じ。棒で触るというのは、なべぞこと渡辺和博の言葉だ。あの人も一歩先にあの世に行ってるんだった。ときどき思い出す。
で、ケーブルカーで行ってみたら、思ったほどうらぶれていなかった。最近ペンキを塗り直したようだ。曜日のせいか、季節のせいか、ほとんど人はいない。それぞれ遊具の係員だけが、ぼんやりしている。いまの遊園地はどこもアンニュイ傾向にある。
で、大きな吊り橋、通行料100円、というのを渡った。現代の新しい吊り橋だからそんなに揺れないが、やはり下を見るとそうとう怖い。下は見ないようにした。ここで目まいが激化したら大変だと思った。でもちょっと下を見ると、怖いから頭の近辺がしゃんとしようとする。その「しゃん」の勢いで目まいが吹っ飛ぶかな、という思いもあったが、そのまま何となく渡り終えた。頭は相変わらずぐらぐらしている。世の中そうは変らない。

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