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先見日記

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2008 Jun 27
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俯瞰するメディア
羽田空港にて

 雑誌の可能性は、一体どこに残されているのか。引き続き考えています。
 昨日と今日、新しく創刊された雑誌に関わった友人たちと東京で話をする機会を得ました。そこでいくつか発見があったので、メモしておきます。

「ウェブは、情報と自分との距離感を適切に保ちにくいような気がする」と語ったのは、新雑誌の編集やライティングを担当した年下の友人Tです。ブログやSNSなどのソーシャルメディアは、自分と他者との知的な「つながり」を発見、拡張できる反面、どこまでが自分の考えでどこからが他人の考えなのか、しばし判別がつきにくくなっているのではないか。ブログやSNSは、インターフェイス(界面)であるにもかかわらず、そこと自分との狭く閉じた関係性になりがちではないか。自他の考えの相違を明確にしながら、思考を建設的な方向へ向かわせるには、ある程度の距離感を保てるメディアが必要ではないか、ということです。誰もが表現者になり、発信者になり得る状況が進んだせいで、僕らはメディアをあまりに「自分事」化し過ぎているのかもしれない。Tのこの指摘は新鮮に思えました。

 個々人が、自分の考えを客観視できるようなメディア。それは、いわば「リフレクター(反射板)」のようなメディアかもしれません。かつてに比べれば、驚くべき速度で進行するコミュニケーションの文脈、つまりはその流れや内容などをある一定範囲でいったん切り取って、他の様々な文脈と接合しながら、より大きな文脈をかたちづくっていくこと。それによって、個々人が、自他の共通性や差異に気づき、関係性を発見し、組み換えていく手がかりを見つけること。ウェブにおいても、それらを可能にしようと様々なソリューションが模索されてはいますが、新しいテクノロジーだけで解決できる問題ではないように思います。そこに、印刷物としての雑誌の活路を見いだせるのかもしれません。

 また、雑誌の発行人である友人Sは、「全体を俯瞰できるのが、雑誌の大きな役割と気づいた」と言っていました。彼の考えも、上記のTと共振しています。ウェブの情報は、明らかにフローが主体であり、ともすれば重要な知見もそのフローの中に埋もれてしまいかねない。そこで求められるのは、やはり上記にあるように、ある程度のストック、つまり「まとまり」をデザインすることによって、全体の文脈を俯瞰できるようにし、雑誌というメディアに集うコミュニティの、それぞれにとっての問題領域を一種の「地図」のようなかたちに描いていくことなのかもしれません。

 Sが創刊した雑誌はもともと、情報デザインに関する国際会議をきっかけとして出発したという経緯があります。それを始めた当初から、Sと僕は会議を中心としたリアルな活動と連携したメディアをつくることを、将来の目標にしていました。その目標が現実のものとなった今、「読者から、ようやく自分が何をしようとしているのか、理解できたという感想をもらっている」とSは語ります。フィジカル(実世界)とデジタル(ウェブ)にまたがる、これからのコミュニティを写像し、自分たちがどこへ向かおうとしているのかを示すのが、雑誌に課せられた新たな役目なのでしょう。

 フィジカルな印刷メディアは「古い」から劣っていて、ウェブは「新しい」から優れている、などということはあり得ません。そして、メディア産業を成立させている企業の広告費に占める「古い」メディアの比率が低落傾向にあるという理由だけで、「古い」メディアに引導を渡す理由もないと思います。雑誌の未来は、まだ誰にも描けていないのです。

End

















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