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先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2008 Jul 7
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回顧して足場を固めなおす
横浜郊外の仕事場にて

 自分のなかで「昭和ブーム」が続いている。もちろん自らの来し方を懐かしく回想しながら、「あの頃はよかった」などというノスタルジーに無批判に耽溺するのではない。僕はまず下町の生まれ育ちではないし、田舎といったものも持たないし、小学生の頃を思い返してみても、丘陵が次々と団地へと変貌をとげる光景とか、目も開けていられないほどの夏の日の光化学スモッグとか、10歳をさかいに大型昆虫を見かけなくなってしまったとか、うっとりとするような美しい記憶はあまりない。
 それでも昭和という時代を振り返りたくなるのは、おそらくは40歳代も半ばをまわったという年齢的なことかもしれないし、現代のあまりの閉塞状況に対する危機感が過去の検証へ向かわせているということも考えられるし、昭和にはまだあったかもしれない人間どうしの結びつきへの希求が、自分のなかに眠る記憶や身体意識の遺伝子を揺すぶったということでもあるだろう。とにかくは「懐かしがりたい」のではなく、自分が生まれた頃はもちろん、戦前にまで遡って、いまここにいたる社会の来歴を確かめずにはいられない日々が続いている。

 そのような思いの端緒となった、いくつかの本がある。古くは6年まえに発行された片岡義男氏の『七月の水玉』(文藝春秋)。昭和30年代の半ばから40年代後半にかけての東京を背景に、昭和の精神風土を具現するような女性たちと接触した青年が、成長のきっかけを与えられてゆくという内容だ。片岡氏はいち早く昭和についての詳細な観測と評論を開始し、それを自分の小説でも再現してきた作家で、近著の『彼女が演じた役ー原節子の戦後主演作を見て考える』(早川書房)『吉永小百合の映画』(東京書籍)『映画の中の昭和30年代ー成瀬巳喜男が描いたあの時代と生活』(草思社)など題名からもわかるように、昭和の映画に深く鋭く切り込んだ著作も多数発表している。
 これらの本に取り上げてある映画を、選択的に観てゆくだけでもたいへんな勉強になるし、あるいはあまりのブームに少々の違和感を抱いていた映画『三丁目の夕日』のシリーズをどう読み解いていくべきなのか、浅羽通明氏の『昭和三十年代主義ーもう成長しない日本』(幻冬舎)も参考になった。そしてつい先日に関川夏央氏の『家族の昭和』(新潮社)が刊行されるに及んで、同書を某週刊誌で書評するまでに僕の昭和漬けの事態は進んだ。この先はおそらく、自分でも昭和を舞台にフィクションをひとつかふたつでも書くしかなくなってくるのだろう。

 そして、人生のなかでただの一度も接することのなかった古い日本の映画を一挙に観てきたいま、これもまた思いも寄らなかった発想が浮かんでいる。伴侶を亡くして数年が経つ70歳代後半の母とふたりで、定期的にこれらの映画を鑑賞するのだ。僕の車には使われることのなくなったDVDの再生専用機が、もはや誰の貰い手もなく積まれたままになっている。これを母親のもとへ持っていき、彼女にとっては懐かしいいくつもの映画を通して、自分の生まれる前後の昭和をじかに語ってもらうのはどうだろうか。
 そのように提案したら母はあまりの驚きに涙さえ浮かべていたが、取材者の業として僕はその瞬間、訊いてゆくべき質問がいくつも閃いてしまった。当時の若い男女によるデートの様子、いまだから言える男性の見立てやその基準、貧しさとそのなかにある幸福、何を目指して何をいま後悔しているかなど、自分の母親を生の教材とした昭和の体験と検証は、これからもさらに続くと思う。

End

















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