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先見日記

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2008 Jul 22
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朝顔
ベランダにて

 朝顔が、咲いていた。まだ、赤紫の花ひとつポッキリではあるが、お早うと挨拶してもらっているようで、大変気分がよろしい。

 先週の鳩居堂に引き続き、夏支度の第2弾とばかりに、昨日、炎天下を入谷の朝顔市へ出かけたのだった。
 ええと、“その手は桑名の”じゃないし、“びっくり下谷の”かな。びっくり下谷の……本当に広徳寺が朝顔市だったっけなどと考えながら電車に乗って、鴬谷(なんとエレガントな名前でしょう)駅に着き、京浜東北線を跨ぐ橋を渡って下へ降りると、もう葦(よしず)張りの朝顔屋が店を出している。お急ぎの節、あるいは暑さに参った方はここでひと鉢買って、すぐに駅に戻るという手も有りますよ、ということかもしれないが、僕は暇だし、暑さは覚悟の上で鳩居堂製扇子持参だし、当然、前進。

 鬼子母神の前のひとブロックだけは、“名にしおはばいざ言問はむ都鳥”の言問通りが歩行者天国になっている。
 目の前の若いカップルは買い方を尋ねたのだろうか、同じくらいの年頃のお巡りさんが

「全部均一料金ですから、どこで買っても同じですよ」

 えー? これは本当だった。ほんのわずか混じっている大鉢や新品種を除くと、2千円均一。

 祭りだの市だのというと僕なんかは、相当に思い込みが強くて、あれはトラさんばりの的屋の兄さん姉さんたちに上手い具合に商売されるものだと心得ていたが、時代は変わったのですね。
 それでもどうせならと、メタボとは無縁の体型かつすっかり日焼けの、如何にも的屋ふうのおじさんから買うことにした。

「一番込むのは何時頃なんですか」
「日が暮れて、涼しくなってからスよ。けど、花の好きな人ぁ朝、咲いているとこを見にくるね」

 確かに昼下がりのこの時間、辺りは割と閑散としているのだった。宅配のお兄さんたちも、屋台のおばさんたちも、皆、客待ち顔で……。

「けどさ。ゆっくり花を買うんなら、お客さんみたーに真っ昼間に来るのがサイコーよ。おれらも、丁寧に鉢を選んであげられっからさ。お、これと、これだな。な、いい鉢だろ。今日はもう水やってあるから、明日、葉っぱがしなったら足してやってね。はい、4千円、まいどありー」

 鉢には昔の小包用のタグみたいなのが付けられていて、大きな字の“入谷の朝顔市”の横に「恐れ入谷の鬼子母神」と書いてあるのだった。そうだ。"恐れ入谷の"だった。

 かんじんの鬼子母神は、門から覗いてみると、ここばかりは込んでいる。僕は、お参りは遠慮して帰ることにした。地下鉄に乗って、入谷、上野、仲御徒町……なんで御徒町だけ「まち」って読むんだ? なんて考えながら、小伝馬町、人形町、茅場町……乗っていたら、突然、いつの間にか隣に座っていた大男にアメリカ訛で話しかけられた。

「それはなんの花ですか?」

 僕は、朝顔っていう英語を知らなかったが、当然、おじさんだって知らないから聞いたんだろう。

「親しい人が笑顔でお早うって言ってくれるように、毎朝、咲く花なのです」と説明していたら、おじさんの巨体の向こうから東洋人の女性が身を乗り出してきて、タグを指差すと、

「ここに漢字でモーニング・フェイスって書いてあるわ」
「家内は台湾人なんです。で、その朝の顔はどこで買えるんですか?」

 僕が市の話をすると、この夫婦は広尾へ帰る計画を変更して電車を降りた。日比谷、銀座、東銀座、築地……二人は初夏の下谷を気に入ってくれただろうか。

End

















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